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私はかつてコンプレックスの塊でした

【サッカー人生】


 プロサッカー選手として、華やかな世界に思われがちでしたが、その生活とマインドはまるで正反対でした。

 サッカーを始めた頃から、目標はサッカーで1番になること、世界に行くのは当たり前、そんな風に、サッカーを人生の中心に生きてきました。

 人生は上手く行くことだけではありません。しかし、かつての私には、そんなことは分かりませんでした。

 小学校4、5年生になってくると、周りとの身長差が開き、元々小さかった私は、更に周りとの、身体的、筋力的な能力の差が顕著に出始めました。

 すると、今まで上手く行っていたことがまるで上手く行きません。

 そうなってくると、サッカーで結果も出てこなくなりました。

 サッカーを人生の中心として生きてきた私は、サッカーで結果が出ないなら、サッカーをやっている意味がない、サッカーをやらないなら存在の意味がない、存在の意味がないなら生きている意味がない、生きている意味がないなら死んだほうがマシだ。と、小学生の頃から、そんなことばかり考えていました。

 更に中学校2年生頃になると、私の顔にはニキビが増えてきます。

 プライドが高かった私は、こんな顔は見られたくないと、いつも顔はうつむき、前の席の子が私の方を向けば、自分の顔を出来るだけ遠ざけようと、顔を後ろに引いては更に顔を下へうつ向けていました。


 すると徐々に自分を隠すようになっていき、笑顔が減り、自分への肯定感や自信がみるみる減っていきました。

 私生活とサッカーのマイナス要素が重なり、何も上手くいかない感覚、不幸な感覚が襲ってきます。
 そんな考えでは、ますますサッカーでも結果はついてこず、死に方をも調べるようになりました。

 このように生きている意味を考えながら、サッカー人生を19年程続けることになります。

【ターニングポイント】

 自分に自信が無い分、自分の意見を持たない事も、悪い特徴の1つだったと思います。

 その為、自分の意見が持てなかったのです。

 それによってなにがいけないのかというと、私は生かされていたという事です。
 自分で決め、自分で生きる事をしてきませんでした。

 だからこそ、サッカーを辞めるという事が、私の唯一の反抗期であり、ターニングポイントだったのです。

 言葉では知っているものの、本当の栄養の大切さも分からず怪我も多く、元々23歳の年でJ1のチームでプレーが出来ないのなら、サッカーを辞めようと考えていました。


 自分の意見をちゃんと持っていたなら、もっと早くに東南アジアなどでプレーしていたかも知れませんが。。。(タラレバはこの世界には無し)

とにかく、人生の中心であるサッカーをやめた事で、自分の人生が少しずつ変わっていきます。

退くことは逃げではないと知ります。

【フィットネスとの出会い】
 フィットネスと出会い人生は大きく変わります。

 現役サッカー選手時代は、筋トレはカラダが重くなるのかなと(実際は能力が確実に上がる為、アスリートに必要不可欠ですが)今まで避けがちなものでしたが、自分を変えたいと、自分に自信を持ちたいと、自分を変えるキッカケになれば良いと、筋トレをするようになりました。

 するとどうでしょう。

 筋トレをすると、少しずつカラダにボリュームが付き始め、他の人より筋肉があるのでは?優越の錯覚を覚えるようになりました。
 前のカラダと今のカラダを比較するようになり、少しずつ、自分の事が好きになって来ました。
 筋トレをすると、幸せホルモンのセロトニンも分泌されてきます。すると、免疫機能は向上し、血色も良くなって来ます。表情もいくらか明るく良くなっていた事でしょう。
 人は、明るい人と暗い人がいれば、明るい方へ集まって行きます。
 筋トレによって、関わる人も変わっていったのです。

 すると、人生そのものの見え方が変わりました。

 まだまだ一般的には、メンタルが全て、メンタルやココロの弱さは悪、の様に考えがちです。
 ですが、カラダを変える事が、ココロを変えるキッカケになることもあります。

カラダが変わればココロが変わる。
ココロが変われば表情が変わる。
表情が変われば環境が変えられる。
環境が変えられれば人生が変わる。

カラダ、思考、行動、人生、全て変える事ができます。

 そんなフィットネスの素晴らしさを、今も人生で悩んでいる人、本当に変わりたくてもきっかけがつかめない人、そんな人達に伝えるべく、私が1人でも多くの人に、ボディメイクのパーソナルトレーニングやイベント、メディアを通じて伝えていこうと考えたのでした。

「人は変われる」それを私は伝え続けます。